【新人賞にも匹敵する投球内容だった千葉咲実投手の1年目 ~ 数字だけではわからない投球内容の価値について】

 シオノギ製薬の千葉咲実投手と言えば今年1年目の長身左腕投手で、ソフトボール4姉妹の3番目。第1節の市原大会では強豪豊田自動織機を相手に初登板初先発するとなんと完封勝利。しかも打たれたヒットは2本の単打のみと、あわや初登板ノーヒットノーランという快挙さえ狙えたような見事な好投だった。
 しかしその後は10試合に登板するも4敗で、勝利は結局この初登板時のみ。投球回数も43.7回と、規定回数(46回)には届かずにシーズンを終えてしまった。

 と、こう書くと、なんだかそんなに活躍していないように聞こえるだろうが、規定回数近くを投げながら防御率はなんと1.76。被打率も0.233で、K/BBは投球回数40回以上の投手では上野由岐子、尾﨑望良、濱村ゆかり、池田美樹に次いで5番目の成績。規定回数に達していないのであまり表向きに数字が出てこないが、実はかなり立派な成績を残していたのである。

 しかしそこから更に詳しく、千葉が今年どこのチームを相手にどれだけ投げてきたのかを丁寧に見ていくと、実はこの数字が数字以上に価値があることが分かってきた。
 個人的には新人賞にも匹敵するかそれ以上だったと思う千葉咲実の1年目の投球内容とその理由を、以下で少々詳しく説明していきたいと思う。


【若手4投手の成績の比較から】
 さて、千葉投手の成績を評価するために、今年同じくらい登板して好投した若手4投手の成績も同時に見てみたい(下図)。

<若手4投手の2018年投球成績表>

 まず新人賞を取ったのはデンソーの2年目の辰巳舞衣で、48.3回と規定投球回数も超えて勝ち星も5つと、賞に相応しい成績を残した。
 投球回数は少ないが防御率、被打率ともに一番良かったのがビックカメラ高崎の中野花菜。毎年かなりヒットを打たれてはきたが、今年は被打率が1割を切った。
 デンソーの新人原奈々は2勝を上げ、防御率2.84、被打率0.222とともにまあまあの成績だが、意外と被本塁打が多く7本も打たれてしまった。
 シオノギ製薬の千葉咲実は防御率1.76、被打率0.233、被本塁打3とこの中では平均的な数字。ただ唯一の左腕として奪三振28は他を10個以上引き離している。

 

【数字だけではわからない投球の価値】
 さて「勝敗」だけではもちろん投手の成績の比較などは出来ないので、防御率や被打率も上で比較してみた。
 近年のセイバーメトリクス理論ではさらにWHIPやFIPなど投手の能力を比較するのに様々な指標が提唱されてはいるが、統計理論ではある程度の試合数、投球回数の多さがそもそも前提になっている。
 ソフトボール日本リーグの場合は試合数も少なく、各チーム2度ずつの対戦しかしないので、さらに深く評価するには、そういう統計的な数値よりも実際にどのチームに投げたのかを丁寧に見てやる必要があるのではないだろうか。
 そこでこの4投手が、それぞれどのチームを相手に何回を投げたのかを以下に表にしてみた。
 ちなみに対戦チームは上から「チーム打率」の順番に並んでいる。

<各投手ごとの対戦チーム別投球回数>

 まず新人賞を取った辰巳舞衣は打率上位の誘電、日立、織機を相手にそれぞれ2.0回、2.0回、4.3回だけで、下位のシオノギとミナモを相手が12.0回ずつと最多となっている。
 中野花菜も打率上位チームにはデンソーに1.0回、日立に2.0回投げただけで、SGHの8.0回、ミナモの7.0回と下位相手がメインだった。
 一方の千葉咲実はトヨタ戦にこそ登板はないが、ビックカメラ高崎に6.7回、デンソーに6.0回、日立にも7.7回で、豊田自動織機にはまるまる2試合完投して14.0回を投げている。さらに言えば打率9位以下のチームには一度も登板がなかった。
 原奈々も千葉と同様の傾向で、下位チーム相手はSGHに4.7回を投げただけで、残りは打率7位の戸田中以上のチームばかりだ。

 この傾向をもっと分かりやすくまとめたのが下の表である。これは今年のチーム打率を上下6チームずつに分けて、それぞれを相手にどれくらいの割合で投げたのかを示している。

<4投手の打率上位6、下位6チームへの登板比率>

 千葉咲実は43.7回投げたうち実に84%が上位チームが相手で、原奈々も68.5%と上位チーム相手が多かった。
 一方の辰巳舞衣は上位相手が17.2%のみで、中野花菜に至っては12.5%、たった3.0回しか投げておらず、しかも中野は打率10~12位の下位3チーム相手が投球回の75%なので、ほとんど下位チームにしか登板していないということがわかる。
 同じくらいの回数に投げて成績を残したとしても、これだけ投げた相手がハッキリと違うとなると、やはり数字を単純に比較することはできないというのが分かっていただけるだろう。

 

【勝敗や防御率など、数字だけではわからない本当の投球の価値】
 以上のように結局はどのチームを相手に投げたかを見ないと、本当の数字の価値や選手の評価も実はあまりわからないのだ。これは当然、投手だけではなく打者にも同じ事が言える。
 もちろんどこに投げるかはひとえにチーム事情なので、たとえば辰巳舞衣のように下位チーム相手に投げてそこをしっかり勝ってくれるのは十分に価値があることだ。別に辰巳が可愛いからって成績にケチをつけようという魂胆ではない(笑)
 ただ規定投球回数にも届かず、勝敗も1勝4敗に終わってしまった1年目の千葉咲実だが、実は「かなりとんでもなく素晴らしい投球内容だった」ということを、なんとかより詳しい数値としても文章としても残しておいてあげたかったのだ。

 もちろん残した数字でタイトルは決まるので仕方が無いが、上位チームばかり相手に規定投球回数近くを投げての防御率1.76だった千葉咲実。個人的には新人賞に最も相応しい投球内容だったと評価してあげたい(もちろんこの好投の裏には捕手竹林綾香の好リードの存在も大きかった)。
 しかしいずれはこういう内情も細かく見た上で選手を賞を評価するような時代は来るのかも知れない。

 


 


【千葉咲実、1年目の全登板内容】

 以下に1年目の千葉咲実投手の投球の概要をまとめてみた。個々に見ていくとさらに投球内容の価値が伝わってくる。

<第2節:対豊田自動織機>
 ☆日本リーグ初登板で完封勝利(7回を投げ被安打2)。

<第3節:対太陽誘電>
 ☆リリーフ登板し3分の1回を被安打2で無失点。
 (リリーフ直後に平凡なセカンドファールフライに仕留めるも野手がお見合いして落球。その後二塁打、右前打と連打を浴びるも、次の中溝のスクイズを華麗なグラブトスで本塁アウトに仕留めて降板)

<第3節:対ビックカメラ高崎>
 ☆リリーフ登板し4~6回の3回をゼロ封。

<第4節:対日立>
 ☆先発し4回まで投げ1失点。

<第6節:太陽誘電>
 ☆リリーフ登板し6~7回をゼロ封。

<第6節:対伊予銀行>
 ☆先発し4回3失点(自責点は2)。伏兵照喜名真季に本塁打を打たれた。

<第7節:対豊田自動織機>
 ☆先発完投するも7回を5失点敗戦。唯一沢山失点した試合で、恐らくチーム事情からこの試合は最後まで投げきった。

<第8節:対ビックカメラ高崎>
 ☆先発するも敗戦。3回3分の2を投げて2失点で降板し、その後リリーフの池田が本塁打を浴びる。

<第9節:対戸田中央病院>
 ☆リリーフ登板し5~6回の2回をゼロ封。

<第9節:対日立戦>
 ☆清原奈侑にツーランを浴びチームが5点目を奪われた後にリリーフ登板し、残り3回3分の2を無失点。

<第10節:対デンソー>
 ☆6回1失点と好投も、チームが辰巳舞衣に完封されて負け投手に。

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