一つ前のネタ記事の伊予銀行のところで「川野一発かませ!」と書いたことで思い出した。
今年の冬に「過去10年間の打撃記録の変遷」をまとめたとき、白いボールから黄色いボールに替わった2004年にホームラン数が激減したことを示した。前年の2003年が89本で翌2005年が50本に回復しているからいかに2004年の「17本」が少なかったかがわかる。本塁打を打った打者数も2003年が50人以上、2005年が30人以上なのに2004年はたったの「10人」。この数字だけ見てもその10人の希少価値はわかってもらえるだろう。
ところでその10人について、実際誰が打っていたかということをとくに書かないまま済ませてしまっていたので、今回名前をあげておきたい。
<過去10年間の年間本塁打数(上)と本塁打を放った打者数の変遷(下)>
【2004年に本塁打を放った10人(所属は当時)】
4本:馬渕智子(ソフトウェア、引退)
3本:田中幹子(ミキハウス、引退)
2本:ミッシェル・スミス(織機、引退)
2本:山路典子(誘電、引退)
1本:井上絵里奈(レオパレス、引退)
1本:佐藤美絵(戸田中、引退)
1本:山口綾子(トヨタ、引退)
1本:澤田由起子(シオノギ、引退)
1本:安田真富果(シオノギ、引退)
1本:川野真代(伊予銀行)
4本の馬渕、3本の田中はさすが日本を代表する歴史的スラッガー。2本打った二人がソフトボールにおける世界の神様ミッシェル・スミスと日本の仏様山路典子というのもすごい。さらに1本がレオパレスが誇る強打者井上に、戸田中で打ちまくっていた伝説の打者・佐藤、投げて打っての日本版ミッシェルだったトヨタの山口と、そうそうたる名前が続く。この中に一見貧打チームと思われがちなシオノギからリーグを代表する二人の強打者、澤田と安田が入っているのも何か示唆的なものがあって面白い。これで9人。
【「2004年の10人」、最後の一人】
そして10人目、それが今回の主役である伊予銀行の川野真代だ。
チームメイトの矢野輝美と同じ徳島の辻高出身で今年で伊予銀行一筋9年目のベテランだが、その彼女がリーグ2年目にして放った第1号が、この貴重な2004年のホームランだったのだ。そしてその年にホームランを放った10人のうち9人が引退した今、歴史的本塁打寡少時代最後の生き残りがこの川野でもあるのだ。
今年は残念ながらチームは2部に甘んじてはいるが、前期を終えてここまで全勝と絶好調。是非来年は1部に復帰し、1部通算4本目となるホームランを川野に放って欲しい。
さて蛇足ではあるが、では打たれた投手は?というのも調べてみた。
【2004年に本塁打を打たれた12人(所属は当時)】
3本:山口綾子(トヨタ、引退)
2本:コートニー・デイル(レオパレス、引退)
2本:庄子麻希(誘電、引退)
2本:坂田那己子(伊予銀行)
1本:帰山悦子(ミキハウス、引退)
1本:坂本直子(ルネサス、引退)
1本:柘植香奈子(レオパレス、引退)
1本:木村美紀子(ホンダ、引退)
1本:柚原雅美(シオノギ、引退)
1本:露久保望美(トヨタ、引退)
1本:高本ひとみ(伊予銀行、引退)
1本:メラニー・ローチ(ミキハウス)
2004年に計17本の本塁打を打たれた投手は延べ12人。
自分でも打っている山口が3本と一番多く本塁打を打たれているのはご愛嬌。そして2本が3人、1本が8人と続いているが、この内10人が引退し現役を続けているのは二人だけ。そのうちの一人であるもはや歴史上の人物でもあるローチを除くと、残る一人にここでもまた伊予銀行の選手である坂田の名前があがる。日本人投手に限ると10人いたうちの9人が引退しているわけで、川野と同じく歴史的本塁打寡少時代(に投手として関わった)最後の生き残りが坂田なのだ。
坂田も川野と同じ年齢で2004年は高卒2年目のシーズン。1年目4イニングの登板が2年目にはすでに主戦となり62回を投げて防御率3.24、2005年には70回を投げて1.98とリーグを代表するような投手に成長した。
ここ数年はいま一つパッとしないが、今年は2部で規定回未満ながらここまで確か防御率は0.00。
川野と同じく、2004年の本塁打に関わった「リーグの歴史を知る」投打の二人でチームを引っ張り、来年は是非とも復帰した1部で大活躍してもらいたい。
<2004年に本塁打を放った10人のうちの「現役最後の一人」、伊予銀行の川野真代>
(とにかく一人格が違うといった感じに打ちまくる中森菜摘がいまやチームの核だが、やはり伊予銀行は川野と矢野がいてこそだな、とふと思う)
<2004年に本塁打を打たれた日本人投手10人のうちの「現役最後の一人」、伊予銀行の坂田那巳子>
(実はスタイル抜群でルックスもいい「隠れ美形」でもある坂田、と思っているのだが、あまり賛同者はいない。みな見る目がない、笑。坂田を見ているとなぜか高田翔子を思い出す)
P.S.
そうだ思い出した。昨年の全日本総合2日目、海沿いのグラウンドから友達の車で帰る途中にたまたま伊予銀行のバスと併走した。その時適当に助手席から手を振ったら、この坂田投手がニコニコと手を振り返してくれた。もちろんずっと注目はしてたけど、それ以来特に気になる選手になったんだ。