【ソフトボール日本リーグの打者成績の価値を考える】
前半戦を終えてルネサスの高卒新人・市口侑果が打率5割4分5厘と驚異的な数字で首位打者に立っている。この選手がいったいどんな打撃内容なのかと興味を持って調べてみると、何かちょっと引っかかるところがあったので今まで思っていたことともからめてまとめてみた。もちろんこの稿はこの有望な新人にケチをつけようというわけではない(かといって、僕がルネサスの選手を素直に褒めるはずもない、笑)。
スポーツである以上、数字、成績でもって選手を評価することがもっとも適切かつ公平な態度であることは確かで、それなら市口を絶賛すべきなのかもしれないが、しかし現在の女子ソフトボール日本リーグが持っている構造的な問題を考えると、この市口の打率を素直に賞賛するわけにはどうも行かないのである。前半戦を終えた成績を詳しく見ることで、なぜ市口がこんなに高打率なのか、高打率なのに素直に評価できないのか、そして打撃上位に強豪のルネサスとトヨタの選手が集まっているのは本当に実力なのか、ということも考えてみたい。
市口の打撃成績との比較については、またしても銀猫ブログでは大活躍である大鵬薬品の選手である佐々木瞳に登場してもらうことにする。むしろルネサスの選手をダシにして言いたいのは「佐々木瞳をもっと評価してあげて欲しい」ということなのだ。
【打率1位の市口侑果(ルネサス)と打率6位の佐々木瞳(大鵬薬品)のヒットを打った投手を比較する】
まずはこの2選手がヒットを打った対戦投手をあげてみよう。数字はヒットの順番、カッコ内の数字はその投手の前半戦を終えての被打率である。
<ルネサス高崎・市口侑果(打率0.545)がヒットを打った投手(カッコ内は被打率)>
1:(0.337)西村瑞紀(日立マクセル)
2:(0.363)長尾美希(日立マクセル)
3:(0.248)藤田倭(太陽誘電)
4:(0.341)河部祐里(靜甲)
5:(0.389)関根有希(佐川急便)
6:(0.389)関根有希(佐川急便)
7:(0.236)サラ・パウリー(Honda)
8:(0.375)金尾和美(Honda)
9:(0.348)小澤芙美子(大鵬薬品)
10:(0.310)M・ランゲンフェルド(デンソー)
11:(0.310)M・ランゲンフェルド(デンソー)
12:(0.451)松本優佳(シオノギ製薬)
※今年の各チームの「エース」と言われる投手から打ったのはサラ・パウリーだけである。
<大鵬薬品・佐々木瞳(打率0.464)がヒットを打った投手(カッコ内は被打率)>
1:(0.217)J・スメサート(佐川急便)
2:(0.217)J・スメサート(佐川急便)
3:(0.315)鈴木麻美(靜甲)
4:(0.261)安福智(シオノギ製薬)
5:(0.261)安福智(シオノギ製薬)
6:(0.231)呂偉(日立マクセル)
7:(0.231)呂偉(日立マクセル)
8:(0.231)呂偉(日立マクセル)
9:(0.189)栗田美穂(豊田自動織機)
10:(0.438)尾崎望良(太陽誘電)
11:(0.349)黒川春華(ルネサス高崎)
12:(0.236)サラ・パウリー(Honda)
13:(0.357)重藤恵理佳(デンソー)
※開幕戦のスメサートに続き、鈴木、安福、呂と各チームのエース級からヒットを放っている。パウリーからもヒットを放っているし、被打率1割台の栗田からもヒットを打った。
【なぜ市口はエース級からあまりヒットを放っておらず、佐々木はエース級からのヒットが多いのか?】
打率に関しては実際にヒットを打った相手だけでなく、抑えられてきた対戦相手も重要である。この2選手が所属する「ルネサス高崎」と「大鵬薬品」、この2チームに対する各チームのエースの登板状況を見てみたい。
<ルネサスに対する各チームのエース級投手の登板状況>
オスターマン (織機、先発完投も、市口は出場せず)
呂 (マクセル、登板せず)
森 (誘電、登板せず)
鈴木 (靜甲、登板せず)
藤原 (日立、登板せず)
スメサート (佐川、登板せず)
パウリー (Honda、先発し6回まで)
井俣 (大鵬、登板せず)
染谷 (デンソー、登板せず)
アボット (トヨタ、先発完投も、市口は出場せず)
<大鵬に対する各チームのエース級投手の登板状況>
オスターマン (織機、先発し2回まで)
呂 (マクセル、先発し6回まで)
森 (誘電、先発し6回まで)
鈴木 (靜甲、先発し6回まで)
藤原 (日立、登板せず)
スメサート (佐川、先発完投)
パウリー (Honda、先発し6回まで)
染谷 (デンソー、先発しほぼ完投)
上野 (ルネサス、先発し3回ノックアウト)
アボット (トヨタ、リリーフして2回)
一目瞭然、ルネサスに対しては各チームのエース級がほとんど登板していない一方、大鵬に対してはほぼ全チームがエースをぶつけてきている。アボット、オスターマンなどはさすがにルネサス戦で完投しているが、しかし大鵬戦でも容赦なく登板しており、大鵬の佐々木が対戦していないエース級投手はソフトウェア藤原麻起子だけなのだ。
正直、全チーム総当たりの一回り前半戦を終えた段階ではあるが、市口と佐々木でこれだけ対戦投手が異なるとなるとほとんど「違うリーグ」で戦っているようなものだ。もちろん市口がヒットを放ったランゲンフェルドや河部、藤田もいい投手だが、誤解を恐れずに言えば大鵬の佐々木の方がより実力のある投手のいるリーグで戦って残した成績のようなものなのだ。
【ルネサスやトヨタの選手の高打率のからくり】
日本リーグが1節二日間2試合になったのは2007年からで、それ以来、前後半の半期ごとに、成績の上位チームと下位チームがセットになって移動し、土日の二日間でそれぞれが同じ相手と2試合するというシステムが採用されてきた。このシステムの構造的問題により「上位チーム(絶対的な投手を擁するチーム)の打者はより良い成績を残し、中堅以下のチームの打者の成績はより振るわない」という傾向がますます顕著になってきた。
その理由は上に見てきたとおりである。特に大鵬薬品のように打撃力が高く相手チームも決して油断できないダークホース的なチームは、常に相手にエースをぶつけられる不利な条件を強いられている。
分かりやすい例が日立マクセルだろう。今年の前半、大鵬薬品と一緒にまわっていた上位チームは補強に成功したデンソーである。マクセルが土曜日にデンソーと戦い、日曜日に大鵬と戦う場合、普通にやって勝つ確率が低いデンソーよりは可能性が高く落とせない大鵬薬品にエースの呂をぶつけて確実に星を稼ごうとする。シオノギもしかりで、デンソー戦には洞井だが大鵬戦は安福、誘電もデンソー戦は藤田で大鵬戦は今年一気にエースに成長した森だった。
上野を擁するルネサス高崎はこの逆の恩恵を受ける。対戦チームはルネサスにエースをぶつけても勝てる可能性は低いことから、ルネサスと一緒に回っている太陽誘電にエースをぶつけ、ルネサス戦には半ば負けを覚悟するかのように2番手以降の投手を出している。
つまり「大鵬薬品の打者は常に相手エースと対戦し、ルネサスの打者は常に2番手以降と対戦する」という図式が成り立っているのである。これではルネサスの打者の成績が全体的にいつも上位で、大鵬のような中堅以下のチームの打者の成績が芳しくないのは当然のことなのだ。同じことはアボットを擁するトヨタにも言える。
もちろんリーグを代表するような実力のある打者も多いが、これが打撃上位にルネサスとトヨタの選手が固まる最大の理由ではないだろうか。
日本リーグのように数少ない対戦で成績が出る場合、打撃成績を単に数字だけで判断していては何もわからない。たとえば今年の前半戦の成績を見ると、常にエースをぶつけられていながらこの好成績を残している佐々木瞳の成績がもっとも価値が高いのではないかと思っている。
【市口の高打率の理由】
以上で大筋は説明したのだが、実は市口の高打率に対してはさらに理由が存在する。もっとも、打者として能力があるというのは前提として、あそこまで高打率をキープするにはやはり特別な理由が存在するのだ。
彼女はオスターマンが登板した開幕の織機戦には1打席も立たなかった。そして首位打者で迎えた前半最終戦のトヨタ戦、アボットが登板してくることが読めた試合でも結局1度も打席に立たなかった。それどころか、もしかしたらスメサートが先発してくるかも知れないと思われた佐川急便戦ではスタメンを外れ、先発が信長とわかると9番小松の最初の打席で代打に出てそのまま試合に出続けた。
いかにも「打率を下げさせないための温情采配」丸出しで、何で有望な若手に対してこんな年寄りくさい起用をするのか意味がわからない。アボットだろうがオスターマンだろうが思いっきりぶつけたらどうなんだろう。仮に有望新人でも投手なら、手の内を見せず秘密兵器にするためにあえて登板をさせない選択肢も理解できるが、打者でそれも考えられない。出身校が出身校だけに宇津木さんも起用法に頭を使うつらい立場なのかなと、有りもしない穿った見方をしてしまいそうになるくらいで(笑)、それくらいに、今の健全な女子ソフトボール界においては際立って不可解な選手起用をされているのがこの市口なのだ。むしろこれは市口は被害者(ちょっと言いすぎだが)ではないだろうか。彼女だって全力でアボットともオスターマンとも対戦したかっただろうに。
野手新人賞のライバルになるだろうトヨタの長崎は開幕から全試合に出場し続けオスターマンともしっかり対戦して3割5分近い高打率をマークしている。長崎にはぜひとも全試合出場して首位打者をとるくらいの勢いで打ちまくり、なんとか実力で新人賞のタイトルを取ってほしいものだ。そしてもちろん、市口も後半戦は全試合出場してアボットだろうがオスターマンだろうがしっかり対戦して経験を積んでほしい。
【2011年前半戦の打者MVPには大鵬薬品の佐々木瞳を推したい】
そして最後になったがともあれ、大鵬の佐々木瞳である。去年の中山亜希子もそうだが、大鵬の打者は常に相手にエースをぶつけられながらもしっかりとリーグを代表するような成績を残している。単なる数字では表れない彼女たちの真の実力というものを、なんとか多くの人に評価してほしいものだ。
<打者としての能力や残した結果はもちろん、キャプテンとしてのリーダーシップや人間性も含め、今の日本リーグでは最高の選手の一人である大鵬薬品の佐々木瞳。とにかく佐々木と言えばレフト頭上を越すあたりを深追いしフェンスにぶつかって跳ね返った打球を後逸、三塁打にしてしまうというのが「得意(?)のプレー」なのだ>
(そう、ひねくれた僕が選手を手放しで褒めるはずがない、笑)