【奇跡を演じた主役達~2011年日本リーグ決勝トーナメント】

 延長タイブレイカー8回裏、奇跡としかいいようがない優勝を決めるサヨナラホームランをトヨタ自動車の渡邉華月が放った。
 この試合はもちろん、決勝トーナメントの4試合全てが1点差であり、延長が3度もあり、サヨナラも2度あった。
 そんな素晴らしい4試合を作り上げてくれた選手たち全員が、この奇跡の舞台の主役だったのだ。

【まさに『奇跡』のホームラン】
 8回裏、上野が投じた甘く入った投球。渡邉が完璧に捉えてセンターに運ぶもボールがフェンスの向こうに消えるまでは、今この瞬間に何が起きてしまうのか、とても信じることが出来なかった。
 延長タイブレイカーに入って8回表にノーヒットでルネサスが2点を奪った。まさに「ルネサス・ソフトボール」全開で点差を広げられたトヨタの8回裏の攻撃である。1点差に迫っていたとはいえ2死二塁では、ほぼ負けを覚悟してしまう状況だった。渡邉には、なんとか内野手の間を抜ける打球か、外野手の前に落ちるような打球を放ってもらって同点にできないか、そう願っていた人が多かったのじゃないだろうか。あの場面で上野相手なら、2点差を追いついて同点にするだけでも奇跡である。しかし想像を遙かに上回る優勝決定の逆転サヨナラツーランを上野から放つなどいったい誰が予想しただろうか。予想どころか期待した人もいなかったのではないか。
 だからこそ奇跡と呼ぶに相応しい、奇跡としかいいようがない一打だった。

<渡邉が完璧に捉えた打球が高く舞い上がる>

<打球を見届け喜びを噛み締める渡邉華月>

<ナイン総出で出迎えるホームへ…>

【渡邉の奇跡のホームランを生み出した伏線】
 その奇跡の一打に至るにはもちろんいくつもの伏線があった。
 最初はやはり山崎のタイムリーヒットだ。8回裏で2点差だったのでもはや打つしかない状況だったが、1死二塁から放った山崎のタイムリーで1点差となったことが全ての始まりだった。

<奇跡はこの山崎のヒットから始まった>

 しかし相手は上野、このまま打つだけでは1点差で逃げ切られてしまう確率が高く、やはり扉をこじ開ける工夫が必要なのだが、福田監督が選択したそれが小野による送りバントだった。展開としてはどうにか1番のワトリーに回したいところである。しかし1死一塁で8番、9番ならどちらかに打たせないと次に繋がらない。前の打席で完璧に捉えたセンターライナーを放っている小野の方が、対上野に対しては期待が持てそうだったが、しかしここは迷わず小野にバントをさせ9番の渡邉に全てを託した。上野の剛球をキッチリとバントした小野も立派だったが、小野にバントをさせたベンチの采配も素晴らしかった。もちろん同点狙いなら二塁に走者を送るのがセオリーかも知れないが、しかし上野相手にツーアウト目を自ら献上するのはギャンブルでもある。
 しかしそこにかけたのだ。
 そして2死になったとはいえ、渡邉の次に控えているのは上野にも強いワトリーである。上野としてはどうしてもネクストのワトリーが視野に入ってしまうわけで、ベンチがそこまで想定していたら空恐ろしいが果たしてどうだっただろう。トヨタとしては渡邉への初球がボールになったことも幸運だった。絶対に四球でも出したくない、次のワトリーには回したくないという思いが、あの上野にすら失投を投げさせたのかも知れない。もちろんそれを一発で仕留めた渡邉が立派だが、バントを決めた小野、腹を括って小野にバントをさせたベンチが生み出したホームランでもあったのだ。

<大事な場面で送りバントを決めた小野>

【これぞルネサス!スイングせずに2点をもぎとったが…】
 タイブレイカーでは2点目を取ることがとても重要なのだが、ましてや自軍の投手は上野である。1点でもかなりの確率で勝てるのに2点も奪った。それをトヨタが覆したからこその「奇跡」なのだが、その2点の取り方がまさに“ルネサスソフトボール”といった感じで実に素晴らしかった。
 8回表、先頭の中野から、岩渕、蔭山、橋本ときてバスター的な打撃をした市口まで、5人がバットをまともに振らずにバントで内野に転がしただけなのに2点が入ってしまうのだ。しかしその「バント」と言ってもルネサスのバントには実に個性がある。アボットが一塁悪送球し最初の1点が入った無死二塁での中野のバントにしろ、捕ったアボットが思わず二塁を振り返ってしまうような強いプッシュバントだった。もちろん走者は三塁に走ってるわけで二塁を振り返っても仕方がないのだが、それで焦って一塁へ悪送球になってしまったのだ。
 でもこれは単にアボットのミスなのではなく、そのミスを誘うような実に嫌らしい個性的なバントを中野がしていたということである。さらに続く岩渕もスリーバント目を決め蔭山もスクイズを決めるなど、もはや完全にルネサスペースだったのだ。
 それがまさかあのような展開になろうとは。

<ルネサスの必殺技プッシュバントでアボットを攻略したのだったが…>

【全ての選手が主役だった。この奇跡の舞台に「敗者」はいない】
 打たれた上野が目を腫らしたままうつむいてベンチに戻ったとき、一言「すみません…」と声にならない声で唇を動かした。
 誰一人、労(ねぎら)えるような状況ではなかったけど、でももちろん、ベンチのみんな誰しもが思ったはずだ。「謝る必要なんてなにもないよ!」と。

<ベンチに戻り唇を噛み締める上野>

 そして試合後の整列が終わり、ベンチ前に並び応援席に最後の挨拶をした時、呆然とした選手とは対照的に、実に朗らかで透き通るような笑顔を浮かべている宇津木麗華監督の表情がとても印象的だった。

<試合後に晴れやかな笑顔を見せた宇津木麗華監督>

 「上野で負けたんだから仕方ない、上野が打たれるのだから諦めがつく」、というような吹っ切れた思いから出た笑顔なのかな、と最初は思っていたが、でもそれだけではないような気がする。それ以上にもっと深い思いから自然と表れた笑顔だったんじゃないだろうか。
 うまく説明できないが、確かに勝ったのはトヨタ自動車でヒロインはサヨナラホームランの渡邉華月であり、ルネサスは敗者である。
 でもそんな勝ち負けなんか関係なく、ソフトボールというスポーツを舞台にして演じられる最高の奇跡を目の当たりにした、そして私たちのチームも、その奇跡の舞台を作り上げたもう片方の主役なんだ、という誇りを感じていたのではないか。
 ソフトボール界では世界的に有名な元選手であり指導者の一人として、そして純粋に一人のソフトボーラーとして、「ソフトボールというスポーツはなんて素晴らしいんだろう!」という思いを、心の底からしみじみと感じていたからこそ、あんな素敵な表情になったんじゃないかと思う。
 そんな風に感じ、見ている方も清々しくなってくるような、心の底から透き通るような宇津木麗華監督の最後の笑顔だった。
 そして試合に負けたルネサスの宇津木麗華監督のあの笑顔が果たしたもう一つの大きな役割が、この試合から「敗者」を消し去ってくれたこと。この試合だけじゃなく、この決勝トーナメントの全てから敗者を消し去ってくれたのかも知れない。
 渡邉華月の逆転サヨナラホームランという奇跡で幕を閉じた舞台。しかしそこに至るまでのストーリーを用意した蔭の主役は、この日の1戦目で上野とルネサスを苦しめた豊田自動織機であり投手の栗田美穂であり、そして前日にその織機と強い雨の中延長10回の死闘を演じた日立ソフトウェアも同じ舞台に立っていたもう一人の主役なのだ。
 4チーム全てが、4チームの選手全員が主役となって作り上げた最高の奇跡の舞台。だからこそ試合に負けようが勝とうが関係なく、終わってからとても清々しい気分になれる。そのことを象徴するような宇津木麗華監督の晴れ渡る笑顔だった。

 そして最後に、
 この球場に居合わせた人みんな、それから会場に足を運べなかったけど情報に触れ一喜一憂していたみんな、おそらくみんながきっとこう思ったはずだ。
 「ソフトボールというスポーツのファンで、本当に良かった」
 って。


 

ルネサス高崎
 000 0000 2 …2
 000 0000 3x…3
トヨタ自動車

【8回表:ルネサス~2点】
 ※二塁走者に西舘果里
中野:投前犠打(強めのプッシュバント)
 ※アボットが思わず二塁を振り返ってから送球し悪送球に、1点入りなお無死二塁
岩渕:投前犠打(2ストライクから、これも強めのバントを投手前に)
蔭山一犠打野選(本塁送球もスクイズ成功)
ph橋本:三前犠打
市口:投ゴロ(バスター気味に)

【8回裏:トヨタ~3点】
 ※二塁代走に中村早紀
藤崎:見逃し三振
RE山崎中前適時打
 ※一塁代走に若月恵子
小野:投前犠打
渡邉:中越サヨナラ2点本塁打



(明日から1週間ほど西表島に行っておりまして、4試合それぞれの詳細は、1週間後くらいから順次報告する予定です)

 

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