【弱くなった織機の魅力的な全員ソフトボール】

【弱くなった織機の魅力的な全員ソフトボール】

 

<2009年、織機を支えた名選手たちの引退、移籍>
 アウトコース一杯、ボール半個分わずかに外れたか外れないかの投球。
 ルネサスの峰幸代でもシオノギの橋元春華でも、今の名捕手たちならこんな場合はミットを動かさず「これでもボールですか!?」という無言の抗議をする。誘電の日本代表・谷川まきなら凄く残念そうに何度も何度もボールをお手玉し直接抗議をするかもしれない。投手によっては、たとえば坂井寛子などは投げた瞬間にベンチに向かって歩き出し、堤千佳子ならむしろ笑顔で報いたはずだ。どちらにせよ、やはりそういう場合はバッテリーが抗議の姿勢を見せるのが普通だろう。

 しかし、2009年までの織機は違った。
 わずかに外角に外れたボールに対し、
「ええーー!!??うっそー!?どこがボールやねん!!思いっきりストライク入っとるやん!!なんでやねーん!!!」
 という自信に満ちた大声が、“ライトのポジション”から聞こえて来ていたのだ。その声の主はもちろん、右翼手・田中幹子だった。

 とにかく僕はこの熱いプレースタイルを身上とする右翼手が好きだった。もちろん、美しい打撃フォーム、芸術的なホームラン、華麗な守備、俊足、強肩、そういった全てに完璧なプレーも好きだったが、それ以上に、ライトの守備位置にありながら投球のボールストライクの際どい判定にも大声で抗議するような、その“熱さ”が好きだった。その“熱さ”はとりもなおさずソフトボールというスポーツに対する情熱そのものに他ならない。
 そのソフトボールに情熱を掲げ、外野を守りながらチームを常に鼓舞し続けてきた名選手も、2009年限りでユニフォームを脱いだ。チームに与えるマイナスの影響は計り知れない。

 中学時代から松岡(内藤)恵美(現日本代表主将)と同じチームでプレーをし、高校では離れたが再び織機で同じユニフォームを着た長澤佳子は、一塁の守備力としては日本一だった。日本で一番ということはつまるところ、世界一だということだ。打つ方でも時々ものすごく大事なところで打った。しかも相手がアボットだろうが関係なかった。そして時々しか打たないものだから、逆に対処のしようがなかった。その長澤も田中に負けず劣らず熱い選手で好きだった。

 移籍した大鵬薬品を守備でけん引している酒井かおりも、昨年までは織機不動の二塁手だった。アキレス腱断裂の内藤の穴であるショートをシーズン前のコンバートにも関わらず見事に埋めきったように、守備力に関しては日本代表選手に優るとも劣らなかった。長澤と酒井の一二塁間は日本一だった。

 この全ての面において織機を支えてきた右側を守る名選手3人が、2009年一気に抜けてしまった。いかにその後に将来の日本代表の4番候補の一塁手・小柳薫や、ルネサスでもレギュラーだった元日本代表候補の右翼手・国吉早乃花といった一流選手が入ろうと、総合的なチーム力の低下をすぐに補えるはずがない。
 そんな不安いっぱいで2010年の開幕を迎えるわけである。

 


 

<開幕節で見せたほころび>
 そして迎えた2010年開幕戦。一塁には川口、二塁には菅野、右翼には千葉や藤崎といった2年目以降の選手を使うという選択肢もあったが、永吉慎一監督新体制が選んだ布陣は実力的には無難な、一塁・小柳、二塁・吉良、右翼・国吉、という新人3人の先発であった。
 5回まで0-0で進み、それぞれの新人もミスなく無難に活躍したが、6回に三塁古田と一塁カバー吉良との呼吸ミスから与えたピンチをものにされ、その後一気に崩れて8失点。ベスト4争いを考えるととてつもなく大事な相手のソフトウェアに対し取り返しのつかない大敗を喫してしまった。もちろん新人選手たちはよくやったが、やはり抜けた3選手の穴を埋める活躍はこの時点では不可能だった。

 

<第1節、連勝はしたが…>
 しかしその後の織機はなんとか持ち直す。第1節のHonda戦では危うく負けそうな試合をベース踏み忘れのような相手の信じられないようなミスで勝たせてもらい、実力差のある戸田中戦では打線が爆発して記録的な大勝をする。しかし、まだこの1節を終えた時点ではどこかふわふわした状態であり、チームがどういう方向に向かうのかすらわからなかった。過去20年近く強豪としてならしたチームの威光による惰性で勝たせてもらっているような状態で、下手をすればそのまま前半戦を負け越してしまうかのような危うさもあった。
 そんな状態の中、一つの暁光が見えたのが第2節の誘電戦であった。

 

<第2節誘電戦で見せた可能性>
 第2節の佐賀大会初日のシオノギ戦は6-0と快勝するも、翌日の誘電戦では好投手伊藤美幸相手になかなか点が奪えない。それでも織機もバークハートの好投で点を許さず、1-1のまま延長対ブレイカーに突入する。そしてここからである。織機の新たな第一歩がスタートしたのは。
 永吉監督は7回裏の守りの時、延長突入を見越して二人の選手を呼び寄せる。それは今年で4年目と5年目。織機では常に控えに甘んじ代走くらいでしか出番のなかった藤崎と千葉であった。この二人に対して入念な打ち合わせを行い、そして延長戦を迎える(もちろんその内容はわからなかったが、かなり長くアドバイスをしていたように思う)。
 以下に、この試合その後の若手の選手起用を抜き出してみる。

<8回表>
二塁代走・千葉(外野控え、5年目)
 代打・菅野(内野控え、5年目)→無死二塁から送りバント成功
 代打・藤崎(外野控え、4年目)→1死二塁からセカンドゴロで進塁打
<8回裏>
 菅野がセカンド守備へ
 川口(内野控え、3年目)がファースト守備へ
<9回裏>
 ファースト川口が好プレーでサヨナラ負けのピンチを救う
<10回表>
 代打・横野(外野控え、2年目)→送りバンド成功(その後松岡の決勝HR)

 この試合、最後は千両役者・松岡恵美のツーランホームランで決めたものの、そこに至るまでに2年目の池原や新人の吉良、小柳を含め、上にあげた多くの若手選手(といは言いづらくなってきた5年目の選手含め)が起用され、与えられた役割を果たしたからこその勝利だったことは間違いない。

 

<そして最高の結果につながった第4節ルネサス戦>
 2節で新たな方向性を見出し、3節は地元刈谷大会ということもあり手ごわい相手のデンソーと佐川急便を相手に連勝して臨んだ第4節。ここまで苦心しながら若手を競わせ使ってきたことが最高の形で実を結んだのがその埼玉大会でのルネサス戦だった。
 相手投手は上野であり5回まで小柳のヒット1本に抑えられてゼロ封される。ただ対するバークハートもルネサス戦には相性がよく5回を無失点に抑える。
 迎えた6回、先頭打者は9番の菅野。次打者は上野と言えど抑えるのに苦労する日本代表でも1番を務める狩野で、2番には個人的には代表に入れて器用使いしてみたい何でもできる白井が控えている。正直、上野には今年ようやく試合に出始めた5年目の先頭打者菅野のことなどこの回マウンドに上がった時点にはすでに頭になく、1アウトからスタートするくらいの気持ちだったはずだ。そして去年までの菅野ならそれで間違いはなかった。
 しかし菅野も伝統ある織機のレギュラーを5年目にして手にした選手である。自覚もある。その点、上野が甘すぎた。先頭打者で打席に入った菅野が、スピードはあるが甘く入った上野の速球をジャストミートすると、打球は右翼線を抜けてフェンスに届く完璧な三塁打となった。
 昨年までの菅野と言えば出た試合ではミスを繰り返し、葬式の帰りのような顔でベンチに退いては白井にイジられるのが関の山であったが、この日は膠着状態の試合の均衡を破る会心の一打をしかも上野から放ち、一気に陥れた三塁ベース上で変なガッツポーズを繰り返したのだった。

 

<織機の新しい形>
 織機はここ数年レギュラー陣があまりにもしっかりとしていすぎたこともあり、競った試合で若手が何人もチャンスを与えられるようなことはほとんどなかった。もちろん、それでこそ強いチームであり、その例にもれず織機は18年間ベスト4以上をキープし続けてきたのだ。しかし2008年を最後にミッシェル・スミスが抜け、2009年を最後に田中幹子らが抜けた。その強い織機を支えてきた形が完全に崩壊し新しい道を歩みだしたのがまさに今年なのである。
 そんな年にまだ松岡(内藤)恵美が残っていてくれたというのが幸運ではあるのだが、しかしその土壌に芽生えた新たな選手たちが自らの力で根を張り枝を拡げて大きくなろうとしているからこそ、また新たな織機の伝統が築き上げられるのであろう。そしてその中心にいて新たな伝統を築いているのが菅野愛であり千葉逸美であり藤崎絵未莉といった、数年のうちに控え選手のまま選手生命を終えるのではないかと心配されていた選手たちであるのが嬉しい。

 森林というのは林冠を形成する親木の下に、常に次世代を担う樹木が徐々に育っており、ゆっくりと連続的に更新していくものと教科書的には思われているが本当の姿は異なる。大きな親木が台風などで倒れて初めて、地表に光が差し込み、種が発芽したり幼木が一気に成長したりして、次の世代がそこから育ち始めるのである。
 今の織機はまさにそんな感じだ。田中や長澤、酒井といった名選手が抜けたあとの右側3ポジションには、誰ひとりすぐにそれを補える選手はいなかった。しかしそのチャンスが与えられて初めて、元からいた河内や川口や菅野や池原や千葉や藤崎や横野が今どんどん成長し始めている。もちろんそこに小柳や吉良、国吉というレベルの高い新人選手たちが入ったからこそ、ますますその競争が激しくなった。うかうかしていると、レギュラーを安泰化されているキャプテンの古田やレフトの白井、センターの狩野ですら、彼女たちの活躍に置いて行かれかねない。
 まだまだ伸び続けるであろう織機の若手選手たちと彼女らに刺激されて戦う去年より弱いけどまた別の意味で「魅力的」な織機の全員ソフトボールに、後半戦はもっともっと注目したい。

 

<第5節、再び大敗…。そして後半戦へ>
 さて4節の勢いをかってここまで書いたのが今から1カ月前の5月下旬。その後に迎えたのが前半最終節であった。
 結果はご存じのとおり、そこまで全敗だった大鵬薬品に完封負けし初勝利を献上すると翌日のトヨタ自動車戦では開幕以来の0-8の大敗。最悪の形で前半戦を終えるはめになってしまった。
 特に大鵬戦。次々繰り出す相手若手投手陣に翻弄されまるでチャンスを作れない。こんな時こそ、田中幹子や長澤佳子のような熱い選手がいれば気合いをいれて一発かましてくれたのだろうが、何も起きないままにずるずると完封されてしまった。続くトヨタ戦では小柳、菅野、国吉のまさに期待と懸念の右側を守る選手たちで、一二塁間の挟殺プレーミスやライト前のフライのお見合い落球などミスを連発してくれた。これには正直苦笑いしかなかった。
 1回上野を攻略したからって、正直、ちょっと褒め過ぎ、調子に乗り過ぎたかな?と少々自分で後悔した手前、この記事は1か月間投稿を躊躇し放置していたのだが、逆に1ヶ月空いて時間が経ちすぎたことでその点はどうでもよくなった。
 とにかく第5節の結果は忘れることにした。あの若手選手たちがこのひと夏でさらに一回り以上成長して簡単に取り返してくれるだろう。そのことだけを期待して、ただただ後半戦を楽しみに待つことにしようと思う。
 その「褒める」で思い出したのはとにかく褒めすぎるほど門人を褒めることで人を育てた幕末の偉人・松蔭先生。最後はその松蔭先生の言葉を真似て、織機の若手選手に励ましを。

「三河年少第一流ノ選手タチト言エズ、才劣リ技幼キニシテ、華ナシ。
然レドモ、質直ニシテ益々励ミ、ソノ志気ハ凡ナラズ。僕、スコブルコレヲ愛ス。」

以上、余談(笑)

 

<本当の魅力とは>
 全員ソフトボールももちろん魅力だが、やっぱり冒頭で述べた「熱い選手田中幹子」を語らねばなるまい。彼女の「熱さ」は、何も試合に出ているときだけではなかったのだ。
 昨年の新潟国体。東芝北九州主体に内藤恵美や長澤佳子が参加した「福岡県」と、島根三洋主体の「島根県」が試合をしていた。その中で、ひとつ際どい微妙なプレーがあった。おそらく判定はセーフになり、そのことによって福岡県が最大のピンチを背負い結果的に決勝点を奪われたのではなかったか(その逆だったかもしれないが)。
 そしてその時、この際どいプレーに抗議しようとする選手や監督を差し置いて、突如「ええーー!?アウトやん!!」という声がグランドに響きわたった。思わず声の方向を振り向くと案の定、その声の主は愛知県代表で国体に参加し、この試合をライトスタンドに座って観戦していた田中であった。

 結局この試合、島根県の古瀬の好投により内藤や長澤や田中美奈子を補強した福岡県は僅差で負けてしまった。そして試合後のベンチ裏(すぐ横に車道がある)。福岡県チームがベンチの片づけをしていたところにあるバスが通りかかった。するとそのバスの中から、「あれ絶対にアウトやでーっ!!」とそこらじゅうに響き渡るような叫び声が聞こえた。もちろんそのバスは宿舎に戻る愛知県代表チームを乗せたバスで、その声の主は田中幹子だったのだ(笑)。

 とにかく僕は、一流を鼻にかけてしれーっとした選手なんかより、少々口は汚くても、あんな熱い気持ちでソフトボールに対する情熱を表に出してくれる選手の方が好きなのだ。
 やはり、ここまでの域に到達してこそ真の魅力というものだろうな。今の織機の若手選手がこのレベルに到達するにはまだまだ。10年修行が足りん(笑)。

 (テイウカ、私ハ殺サレルノデハナイカ…)

 


 

 以下、織機若手選手の今シーズン前半戦成績(年数は織機所属後。記録のある項目のみ)

 

【投手】
江本侑香(投手、3年目:「真面目すぎ素直すぎるのだけが欠点。すでに1本塁打。早く本業で1勝を」)
2試合、0勝0敗 防御率15.75 (1回1/3、9打者、2被安、自責3、与四死3)



栗田美穂(投手、4年目:「スピードとキレが抜群。バッティングもよくとにかくフィールディングが巧い」)
5試合、1勝0敗、防御率0.00 (12回2/3、45打者、7被安、与四死3、奪三5)

 

【捕手】
石田奈々(捕手、1年目:「ああ見えて気が強い。つうか、いつの間に打点を!?」)
2試合, 打率 0.000 (2打席、0安打、1打点、1四死球、1三振)



西井春菜(捕手、3年目:「守備には定評。バッティングも豪快。鈍足」)
4試合, 打率 0.333 (4打席、1安打、1四死球、1三振)

 

【内野手】
小柳薫(一塁手、1年目:「言うことなし。将来の日本代表4番」)
11試合, 打率 0.455 (26打席、10安打、7打点、1犠打、3四死球、3三振、5二塁打、1三塁打)



河内雅美(一塁手、2年目:「とにかく毎打席一発狙ってほしい。濱本に負けんな!」)
2試合, 打率 0.000 (2打席、0安打、1三振)



川口藍(一塁手、3年目:「ここ最近急激に伸びてきた織機の秘密兵器」)
5試合, 打率 0.286 (7打席、2安打)



吉良真利菜(二塁手、1年目:「今までの織機にいなかったタイプ。チームの新しい武器」)
8試合, 打率 0.286 (10打席、2安打、2打点、2犠打、1四死球、2三振)



菅野愛(二塁手、5年目:「やればできるのに。ただし自分が見に行ってない2試合で活躍。見に行かないほうがいいのかもw」)
8試合, 打率 0.313 (17打席、5安打、4打点、1犠打、2三振、2三塁打)



池原恵(遊撃手、2年目:「打つ時は打ちまくるけど打たんときはサッパリ。なんでやねん」)
6試合, 打率 0.455 (14打席、5安打、2打点、3四死球、1三振、2盗塁、2二塁打)

 

【外野手】
横野涼(左翼手、2年目:「将来のクリーアップ候補。着こなしのだらしなさは半端じゃない。ジャージの片方だけ膝まであげて草履で佐賀駅前歩いていたのを見てアゴ外れた」)
9試合, 打率 0.167 (9打席、1安打、2犠打、1四死球)



千葉逸美(中堅手、5年目:「とにかく足がべらぼーに速い。長打も打てるスラッパー。埼玉。モンモンモン」)
8試合, 打率 0.200 (6打席、1安打、1四死球)



国吉早乃花(右翼手、1年目:「復帰1年目から大活躍。国吉いなかったら前半ヤバかった」)
11試合, 打率 0.357 (31打席、10安打、9打点、3四死球、3三振、3二塁打、1三塁打)



藤﨑絵未莉(右翼手、4年目:「いろんな意味でチームに欠かせない存在。まだまだこれから伸びる」)
9試合, 打率 0.143 (9打席、1安打、1打点、2犠打、1三振)

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