【優勝をたぐり寄せたベテランの足~トヨタ自動車・藤野遥香の好走塁】

 決勝戦の延長10回裏、ようやくトヨタがチャンスを生かして上野から1点をもぎ取りサヨナラ勝ちで優勝を決めた。
 9回裏が無死満塁、8回裏が1死二三塁とビッグチャンスがありながらも点を取れなかったが、そこでも点を与えないのが上野の上野たる所以。その上野から、10回0死二三塁のエンドランでサードに高いバウンドのゴロを転がした渥美万奈のバッティングは本当に素晴らしかった。今年の上野から打ったのだから渥美の一打の価値は果てしなく高い。
 そしてその場面でホームを陥れたのが大ベテランの藤野遥香。その藤野のこの回の魂のこもった走塁も、渥美の一打と同じくらいに価値あるものだった。

 この10回裏の逆転劇はそもそも藤野の「足」で作り上げたようなものだった。

 2回裏に出塁した時に一度代走を出されていることから、この10回裏はタイブレイカーの二塁走者にはベテランの藤野自身が向かった。
 そして先頭の打者坂元の場面で上野がワンバウンド投球をすると、これをキャッチャーの峰が必死に体で止めたが前方に少し弾いてしまう。

 藤野のセンスが凝縮され発揮されたのがこの場面だ。
 峰が弾いた瞬間、二走の藤野が抜群のタイミングでスタートを切る。峰もそこは日本一の捕手。素早く拾い上げて三塁へストライク送球したが、藤野の足が上回り一瞬早くベースに到達した。
 この無死三塁の場面から、結局は坂元の四球に盗塁で二三塁とチャンスが広がる(この坂元の四球も大きかった)。二三塁とできたことで、渥美にギャンブル的なエンドランをかけることが出来たのだ。まさに藤野の足が生んだ逆転劇と言える。

<さすがの上野にも疲れが見えたかワンバウンド投球>

<その一瞬の隙を見逃さず三塁を陥れた藤野>

<渥美のサードゴロでも好走塁でサヨナラのホームを踏んだ藤野>

 常々思っていることだが、走者というのは何も足の速さだけが大事ではない。もちろん、一塁走者が二塁打で一気にホームを狙えるかとか、ライト前で三塁を狙えるかという場面では、その「速さ」が重要になる。しかし塁間の短いソフトボールの場合には、次の塁を狙う「一瞬の判断」が、純粋な足の速さ以上に重要な意味を持つ。そのことを証明してくれた藤野の素晴らしい走塁センスだった。

 この夏に足に肉離れを起こし決して万全の状態ではなかった藤野。その藤野の足を動かしたのは「この走塁が最後になっても」の思いだったのかもしれない。
 翌日の中日スポーツの記事によると、引退を期して臨んだ決勝トーナメントだったようだ。もう足をかばう必要もない。これで壊れても、動かなくなっても構わない、死ぬ気で走る、その気持ちが生んだ走塁だったような気がする。
 毎年オフに引退をほのめかしながらも現役を続けてきた他称「辞める辞める詐欺(笑)」のこの名選手藤野も、新聞によるとどうやら今年でユニフォームを脱ぐようだ。藤野の背中を、この走塁を見て育った後輩達がどこまでこの先輩に近づけるかが、トヨタの4連覇の鍵を握っているだろう。


 そしてその後輩たちに対してこの試合で一つ評価したいプレーがある。2回にその先輩藤野の代走で出た馬場今日子の走塁だ。
 サードゴロエラーで出た藤野に替わり一塁走者になった馬場。次打者坂元の中前打をセンター小松がファンブルするのを見てこの馬場が一気にサードを狙う。二塁ベース付近で一瞬判断が遅れ止まりかけたことと、小松から好返球が来たことでサードでタッチアウトになった。
 回が浅いことやアウトカウントを考えると「普通」なら無理をしてはいけない場面で暴走と判断されるかもしれない。しかし相手は上野だ。これくらい攻め抜く気持ちがなければ絶対に点は取れない。

 もちろん、打球判断の遅れや、タイミング的に無理なら背中方向から来る送球を体に当ててセーフにするような高度なスライディングができなかったなど、反省点、改善点はあるが、思い切って走ってアウトになったそのこと自体は何も悔むことはない。むしろ素晴らしい勇気だった。トヨタの若手には常にこういう積極的なプレーを続けて、いつかは藤野のように走攻守全てにおいて「打倒上野」を成し遂げられるような選手に育ってほしい。

<アウトにはなったが積極的に三塁を狙った馬場今日子の「好走塁」>

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