【内藤恵美が持っていた「何か」】

 内藤恵美が持っていた“何か”

 

 それを失って、今期の織機が苦しんでいる。

 日本のソフトボール界に「内藤恵美、アキレス腱断裂」の衝撃のニュースが走ったのは今年の1月の終わりであった。
 五輪を控え、悲願の金メダル獲得には必要不可欠の存在である全日本にとってはまさに、目の前が真っ暗になるような悪夢の知らせであった。同時に三連覇を狙う所属チームの豊田自動織機にとっても耳を疑いたくなるような信じられない、信じたくない知らせであった。

 しかしながらこのニュースは、五輪を半年後に控え、金メダル獲得には何が何でも内藤の力を必要とし、半年後の復帰に向け内藤を代表から外すことなど毛頭考えなかったであろう代表監督の斉藤春香とは逆に、4月からのリーグ戦開幕に向けて内藤なしでの戦いを強いられることになった織機のルーシー・カサレス監督にとって、より絶望的なニュースではなかったであろうか。

 内藤の代わりのショートを誰にするか。カサレスの脳裏を真っ先によぎったのはそこである。
 同じ九州女子高出身で将来を嘱望される大型ショートの矢野みなみがいるが、まだまだ試合を任せられるほどではない。首位争いを義務付けられるチームにおいて、開幕早々経験のない若手に内野の要を任せるわけにはいかない。

 

 しかし絶望の直後、意外と簡単にカサレス監督の脳裏には新しい戦い方が思いついたのではないだろうか。
 「内藤の後釜のショートは酒井に任せる」と。

 酒井かおりはもともと打力は非力ながら守備に関しては絶大な信頼感があり、連覇を達成した昨年度もセカンドのDEFOが定位置であった。
 それが昨年度後半から徐々に打力も向上し、リーグの決勝戦では優勝を決める決勝点のきっかけとなった出塁をレオパレスのローチからの中前打で奪った。

 そして今年はオープン戦から順調で、トヨタカップではサヨナラホームランを放つなど、内藤なきあとの織機のショートのポジションの穴を十分に埋めてくれるのではないか、と期待を抱かせた。
 実際の成績も、文句のないモノである。

内藤の昨年全体の成績が打率0.279、本塁打3本、守備率0.986
酒井の今年前半の成績が打率0.316、本塁打0本、守備率0.977

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 確かに内藤の長打力は魅力だが、打率では今年の酒井は去年の内藤を上回っており、守備も遜色ない。つまり「ショート・酒井」は、記録上は内藤の穴を十分補っているほどの活躍をしているのである。さらに替わってセカンドに入った白井沙織が渋い活躍を続けており、内野に関しては内藤が抜けた直接的な穴は感じられないほどになった。

 しかしながらそれでも、織機は苦戦を強いられているのである。
 もちろん勝敗には様々な要素、特にソフトボールでは投手の調子が非常に大きいが、それでも試合を見続けてきて感じることはただ一つなのである。
 「やはり何かが足りない。その何かは、やはり内藤が持っていたものなのだろう」と。

 

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 日本代表は五輪で金メダルを獲得した。
 直前のアキレス腱再断裂で抜けた内藤の穴を、代替出場した藤本が見事に埋めて見せた。
 同じ福岡出身で、子供の頃から憧れ続けた内藤に涙の金メダルを授けたのも、藤本が内藤の代りにと全身全霊を込めた結果であろう。
 ただ多くのメディアや雑誌が伝えたように、藤本を通じて、また多くの選手に直接影響を与え続け日本代表を金メダルに導いたのは、その「内藤が持っていた『何か』」だったのではないだろうか?
 情熱や魂、経験、知識、勝負強さなどを合わせた、言葉では説明できない内藤の「何か」のおかげで、金メダルを獲れたのだと僕は思っている。

 後半が始まり、内藤が織機のベンチに帰ってきた。しかしまだ一つ織機が乗り切れない。
 五輪でかなり燃え尽きてしまったとしても仕方がない。あれほどの闘いをしたのだから。
 もちろん、内藤の穴を藤本という直接的な戦力で埋められた代表とは違い、織機は内藤という戦力を失ったままの戦いであり、条件は違う。
 それでも後半残り3節、じゅうぶん頭も冷えたことだし、是非ともその内藤の持っている「何か」を今のチームに注いでもらい勝利に導いて欲しい。
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 そして18年連続の決勝トーナメント進出に、チームを導いて欲しいのだ。内藤がベンチにいる以上、加えてミッシェル・スミスがマウンドに君臨する以上、それは恐らく可能であろう、と、不思議に安心した気持ちになる。
 五輪でみせてくれたあなたの力を、再び、今度は織機に・・・

 

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 ただし、やはり実際の戦力の上積みがなければ、デンソーやレオパレスを押しのけて上には行けない。
 僕は後半最後の追い込みのキーパーソンは内藤とともに内野を守り続けてきた一塁の長澤佳子と三塁の古田真輝だと思っている。
 幾多の修羅場をくぐり抜けてきたこの二人の名選手が内藤の魂を受け継ぎ、二人で力を合わせて数字で見えない部分での穴を埋めてくれれば、決勝トーナメントは大きく近づくだろう。
 残り3節、この二人に大きく期待している。

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